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日時:2008年1月28日(月)18:00〜22:30 場所:渋谷駅南口R246高架下歩道(渋谷アートギャラリー246) 参加者: 中郡千尋、大林◎ポポタム、ハラシマ、富永剛総、廃人餓号、マタタビ、川木ヤスシ、オオノ、キョージュ、竹内智彦、遠藤一郎、小川てつオ、武 盾一郎 会議後ごはん 日時:2008年1月28日(月)23:00〜24:00 場所:やよい軒・渋谷東口店 参加者: うのさわ、いちむらみさこ、ハラシマ、廃人餓号、マタタビ、遠藤一郎、小川てつオ、武 盾一郎 ■YOU TUBE →会議を終えて・小川てつオ(やよい軒渋谷東口店) ・良かった ・町内会、再開発についての話しが出た ・フットサルチームを作るという話しも出て、ドキュメント映画『線路と娼婦とサッカーボール』を思い出す ■議事録(オカガロウシステム) 246表現者会議では、会議の書記を持ち回り(好きな時間書いて疲れたら隣にまわす)でやっています。そのノートと小川の記憶で、抜粋を構成しています。話は当然もっと前後し、またもっと緻密な部分もあります。意味の取り間違えもあるでしょう。だから、こんな感じというものでしかないのですが、会議でこういうことを自分は言ったとか、こういう議論もあったはずとか、こういうことを言わなかったが言いたかった、会議の感想などがありましたら、コメント欄に記入してください。 <壁画の絵について> O:困ったなぁという絵だ。子供がデザインの学校に行きたいと今言っていて、こういう学校に行くことになるのかもしれないなぁ。 学生の立場で、考えるとこういうシステムにとらわれてしまうかも。 頼む方からしたら、壁がピンクに塗るだけでも同じことなんじゃないか? 作品としての扱いを受けていない。造花も気になるなぁ。絵の上から、張り紙(※)しているでしょ。 (※)グラフィティへの警告ポスター、ホームレス移動勧告ビラ K:しかも、張り紙が2枚(グラフィティへの警告ポスター)。同じのが。何のために? I:単にテンションでしょ。 O:(文化としての)グラフティのことを学生はどう考えているのか、または何も考えていないのか。学校ではどう教えているのか。 HI:あの絵は嫌いではない。渋谷川の暗渠をもう一度外に出すというのが、直感としてあるのでは。 永久的なら、著名な画家とかに頼むのだろうが、そうではないのだから、若手に使わしてやったらというくらいの意味なのでは。 TU:この場所は、そもそもきれいでもないし、騒音はすごいし、排気ガスもすごい。壁画は、この場所とマッチしていない。生活感がそがれている。この絵の前でコミュニケーション取れる場所になっていない。目を伏せて素通りしていくような絵だ。 <再開発について> G:宇宙船をイメージして渋谷駅を再開発していくらしいよ。 K:この246で言えば、商店街や町内会が中心にやっている。小さな町の商店街が町を考えるのは分かるが、渋谷で商店街が駅まで介入していいのかな。 T:宇宙船=再開発の対象に、商店街だってなっていく可能性がある。排除する側が排除される側にまわる。 H:それとも、こういうギャラリーをやるということが宇宙船に乗るためのチケットなのか。 TU:東急は、渋谷駅を日本一きれいな駅にすると言っている。12月に渋谷駅の地下で寝ていた野宿者が追い出されて、その中の一人が一月半ばに死んでいる。この場所も2,3年後には再開発するらしい。 T:だったらここを解放したらいいのに。 HI:選ばれて箱舟・アークにのるというのは、どうもね。 T:郊外とかではなく渋谷とかのど真ん中をどう開発するの? OG:クリーンなイメージにしたい、というのしかないのでは。 T:日本には建物が恒久的ではないという考え方の土壌があって、それが再開発を支えているのでは? そういうことにあらがえるのか。 くさかったり、ごみごみしていること、それはもう一つの「美しさ」、きれいというのではなく。 人が集まったり、わさわさしていることが、削られていくことの気持ち悪さがアーティストとしてある。 H:再開発って分譲とはちがってターミナルになるわけだから。 西武は自分たちの金を使って再開発するという発想がない。西武線って、終点って分からない、どんどん山の中に行って。 東急は、渋谷と横浜を結んでいる。今度は池袋と渋谷でしょ。それで、オセロのように、全部ひっくりかえして色を変えようとしている。 OG:再開発って、利用者の声が反映されない。それとここ246の状況は似ていて、ここもたしかに所有者ではないが利用している野宿者の声は反映されていない。 ON:マンションを買ってしまって、ローンを負っています。買ってから所有者になるってこういうことなのか、という。書店で正社員の仕事しながら、早朝バイトもしています。 奥さんが普通に渋谷で買い物をするような人なので、自分の考えの方に無理なく持っていくことが難しい課題。子供もいるのでどう育てるのか。 <スクワットについて> T:韓国でスクワットを見てきた。韓国には廃墟がおおい。日本は再開発で隙間がない。今まで、ここ246のことは、怒りや気持ち悪さとか負の気持ちで動いてきたが、ポジティブな動きに切り替えていくことができないか。 H:韓国は財閥社会。広大な土地を所有しているから、スクワットすることによって、はじめて所有者が誰か明らかになる。 T:僕が観たのはホームレスの人と一緒にスクワットをしていく活動。ホームレス支援が(アクディブな)プラスの動きになってる。家の鍵を壊して、冷蔵庫などを持って入っていく。 オアシスプロジェクトというアートとしてスクワットを実践してるグループもあって、一日だけのスクワットとかある。 日本は、貧乏人は死ぬまで抜け出せない雰囲気があるが、韓国ではプラスにアタックしていく印象がある。 OG:日本は管理が厳しいよね。韓国は? T:韓国は広告を道にガムテープで貼り付けてそれがそのままゴミになったりしている。 O:韓国でスクワットの排除があるときはどんな感じ? H:弁護士が入って対応する。(オアシスプロジェクトの場合は)問題の可視化が目的。撤退する。 O:暴力的な排除だけではなく、民間やアートを使ったソフトな排除もある。日本でやった時はどうか? H:新宿ダンボール村も暴力的に撤去させられた。 OG:それは昨年の大阪長居公園もたいして変わってない。 T:今はアートと運動が併走しながら進むのを嫌うっていうことがあって。アーティストは政治から外れてこそアートだということもあって。その行き着いた先がこのアートギャラリー246なのでは? OG:(アーティスとアクティビストが)お互いの立場をはっきりさせて、協力するところは協力する。はっきりさせるのは難しいかもしれないが。 <新宿ダンボール村とダンボール絵画について> T:95年から98年までダンボール村で住んでいる人に声をかけて承諾をえて、そのダンボールハウスに絵を描いていました。98年に火事が出て、ダンボール村がなくなるんです。迅速になくなりました。246の火事を見てそれを思い出しました。 約200世帯が住んでいて、運動している人たちは「ここにあくまでも住む」という運動で、緊張感が高まっていた。 「野宿者」というより「ここに人間がいる」という思いが、当時運動やっている人にも伝わりにくかった。当時、運動側と深いところではつながっていたと思うけど、話し合うようなことはなかった。 絵を描くことで(段ボールハウスが)浮き彫りになった功罪というのがあって、目立ったことで行政側が武力的に反応したのかもしれないということ。 当時は、段ボールハウスもあり、おじさんたちが半裸で歩いたりしていて、いろんなことが身体的に可視化されていた。 OG:この会議だって、政治的に効果を生みうるんだよね。それを生んだときどうするのか。新宿の時はどう考えた? T:当時は、アートをやっているのであって、そんなの関係ない、と。今はちがうけど。 OG:新宿の時は、本当の関心はあんまり持っていなかった。むしろ、それはなぜだろうと思うんだけど。今聞いていて、当時、状況がすごく政治的な場に見えていて、アートを考えている自分が関わる方法が分からなかった。でも、支援者は思っていた以上に多様で、色眼鏡で見ていたところがある。 T:96年の強制排除の時、バリケードが作られて、ダンボール村の通路に誰もいなくなった時間があって、なぜか絵を描いていたぼくら3人だけがどかされず、中にいた。無音の中絵を描き続けていて。絵描きとしてまっとうした。命がけで無目的なことをしている。それで、両端から清掃トラックがダンボールを片付けていって、ぼくたちが描いていた絵がちょうど最後に残って。これで完成だね、って睡眠不足の頭で確認しあった瞬間、絵は壊され、トラックに載せられた。「スイートホーム」という絵で、それの絵に描かれた「スイートホーム」という文字がトラックにきれいに乗っかっていて。現実感がなかった。 I:テレビで見ていて、排除する時、胴上げするように高く上げていた。 TU:当時は高校生で印象があまりない。後からあたらめて思うところがある。 T:当時ぼくは27歳で、ほかの絵を描く仲間はもっと若かった。何をやっているのかよく分からなかった。デザイナー学院の学生もそうだろう。 M:絵が面白かった。 T:ダンボールに自ら絵をかくホームレスのおじさんも出てきた。その絵がまたいいんだよ。今まで描いたことないんだけど。勝てないと思ったね。ライバル。 家主にオッケーは取ったが、いっさい注文には応じなかった。そのことによって、逆に信頼を得たのだと思う。とにかく一生懸命かくということしかなかった。 ただ、ペンキで描いたので、ダンボールの強度をあげたという利点はあった。 絵が一点売れたことがあって、ハウスの扉の絵を外人が4000円で買っていったらしい。そのおじさんに、2000円もらった。ギャラリーシステムと一緒だ。その時、芸術を支えているのは、上の人たちではなく、下の人たちだと思った。 H:マクロの大きな動きに対して、運動も表現もささやかすぎる、というか。新宿は牧歌的だった。 T:社会の勉強で、原始共産制とか習ったけど、まさにそれがあった。ユートピア、裸の付き合いだった。食べ物が余れば、これ食べろ、と分けてくれた。 <街づくり協議会に対するアクセスについて> H:例えば第三回会議のビラを送る。こういうことをやっているので来てください、という。 OG:なぜ、協議会に行こうとしているかといえば、こういう場にはなかなか出てくれそうもないし、デザイナー学院に行った時に理事長から、鍋をかこみながらとかではなく、もっと正式な場で、協議会を通して申し入れがあれば、出席するかもしれない、という話があったため。 T:また、あのいがみ合いをするのかと思うと、、。 OG:胃が痛くなる。でも、どういう反応なのかみるためにも、行った方がいいのでは。 T:テンションが上がってしまうかもしれない。 OG:協議会は芸術を専門に考えている人たちではないだろう。話がすれちがう可能性も高い。 H:何かについて話し合う以前に対立構造をはらんでいる。 T:何か憂鬱なんだよね。対立になってしまうかもしれないことが憂鬱。 TU:もめることが悪いイメージがあるが、そればかりではない。でも、せっかくだから、そうじゃない脱臼させるようなやり方をしたい。 HI:まちづくり協議会の実態がよく分からない。東急と一緒にやっても未来はないですよ、って言うのは? H:事実の裏を取らないとまずいけない。 <フットサルチームについて> TU:イギリスのアナーキストのカルチャージャミングの活動で、お金持ちのよく集まるバーに行って、キャピタリトと飲み友達になり、クリケットを路上でやろうともちかける。で、その際、服を交換して、態度も、アナーキストはキャピタリストに、キャピタリトはアナーキストになろう、と話をつけ、試合をする。警察がきたときも、アナーキストのふりをしたキャピタリストが対応する、という活動をしているそう。 で、野宿者排除の象徴である渋谷宮下公園のフットサル場で、試合を申し込むのはどうか? 皆:それは面白いね。とりあえずフットサルチームをつくろうか。 OG:蹴ってもボールが宙に飛ばない(笑)。 <取り落とした話題> ・246表現者会議について H:「正しいアート」というのが出てこないように話していけばいいと思う。それを考えられるような場であればいい。あと、アクトをどうするか。難しいと思うけど。 G:会議を出席することを通して、考えたのは、なぜここで俺は何も出来ないのか、、、。 M:本当にいいものをつくる人がどんどん日本から離れていく。だから見にもいけない。いいものをつくる人との交流が自分の財産だ。 T:ここから個人個人が持ち帰ることができる。自分に対する検証。アーティストなのかアクティビストなのか揺れていることがあるが、それを考えるいい機会だ。 OG:246表現者会議は、「批評」でいいと思う。この現実をどう考えるか。 T:有形でなくてもいいのではないか。この座っている状況自体を現代美術として捉える。自分の考えが変わっていくことを楽しみたい。どこまで考えられるか。 OG:次回はここに住んでいる人に、壁画の描かれた時の状況をきけたらいいなと思います。 ・新宿ルミネから退店勧告を受けているベルクの問題 ・カラスの虐殺反対 ・ネットワークをつくる、ということ
by 246kaigi
| 2008-01-28 18:00
| 会議報告
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